敬神崇祖

今日は、家族で当家のお墓(奥都城)掃除に行ってまいりました。

江戸時代の伊勢・豊受大神宮(外宮)の神主であった 中西直方が詠んだ。【ひのもとに うまれいでにし ますひとは かみより いでて かみに いるなり】の歌には『祖先の神から命を受けた者は、やがて祖先の神の許へ帰っていく』という日本人の死生観の一端がよく表現されていると言われています。故人の御霊はすぐに遠い彼方に消えるのでなく、五十日祭(忌明け・49日)までは喪家(そうけ)に留まり、やがて産土(うぶすな・氏神様)の神の導きにより幽冥(かくりよ)の神の御許(みもと)に昇られるとされております。この間は再びは戻らない遥か彼方に旅立つという事で後ろ姿を見送るのではなくて、お呼びすれば応えて下さるかのように、この世を向きながら後ずさりして徐々に小さくなるお姿を遺族が心静かに見守るという、日本人が本来抱いている死後の世界への信仰が根底にあるとも言えるでしょう。

御霊は、おおよそ50年の時を経て、やがては家や家族親族を護る祖霊(それい)・神霊(しんれい)となり、産土(うぶすな・氏神)氏子の親神となります。ですから、例えば新宮神社の氏子さんであれば、やがては新宮神社の神霊(氏子の親神さま)となる。

2014年8月11日 | カテゴリー : 宮司の徒然 | 投稿者 : shinguujinja